成功談を語るvs失敗談を語る

「成功談vs失敗談」
後輩教師へ何かを伝えよう(指導しよう)とする時、どちらが効果的かを考えます。
sora

中学校教師、教育、ブログ、仕事術

私が語るのは、ほとんどが失敗談です。
理由は、成功談を語ると後輩教師への「縛りが強くなる」ことが多かったからです。
例えば、生徒指導の方法について、教えてほしいと言いに来る教師がいたとします。
その時に、「Aという方法を取れば、うまくいったよ。先生は先生のやり方があるから、それをうまくアレンジしてくれてもいいし、別の方法を取ってもいいんじゃないでしょうか」
とは言いません。
その後輩教師が取る方法は、私が言った方法となってしまうからです。
後輩教師への指導法、伝え方を間違えたのです。
どうしても、先輩教師の言うことに縛られてしまうのです。
それでは、加速度的に成長しません。
だから、基本は失敗談です。
失敗談は、「それをすれば失敗する」という指標になります。
逆に言うと、それ以外のことをやればよい、というメッセージになります。
これだと、後輩教師が取れる選択肢は広がります。
その広がった選択肢から、自分で選ぶことができるのです。
自己決定は、成長する上で大切な過程です。
自分で選ぶわけですから、それに伴う責任(取れないことが多いですが)についても理解できます。
他人の責任にもできなくなります。
「適度な学び」もあります。
そうやって、一人前に、社会人に、成長していきます。

しかし、「失敗談だけ」を語ってはいけないときがあります。
その質問が「教師をやっていく上で、基礎的・基本的な技術」ならば、丁寧に指導します。
基礎的・基本的な技術とそうでない場合の線引きが問題になってきます。
基礎的・基本的な技術とは、例えば、「授業であれば、視線の向け方、発問の方法」、「生徒指導であれば、聞き方、保護者対応の基本」などです。
「教師の判断が分かれない」「どの本にも意見が分かれずに書いてあること」です。

数は少ないですが、成功談を語る時もあります。
後輩教師に、「教師人生の中で、一番うれしかったことは何ですか」、「一番の成功体験は何ですか」と、ストレートに聞かれた場合です。
そのような場合は、自慢話にならないように、短く話をします。
そして、その話の最後には、必ず、
「〇〇先生も、きっとできますよ。ちなみに、○○先生のいちばん嬉しかったことは何ですか?」
と締めくくります。
それ以外は、成功談を語ることはありません。
以前にも記事にしたことがありますが、聞かれてもいないのに、
「やんちゃを立ち直らせた話」
「部活動で優勝した話」
「結婚して、子どもがいて幸せな話」
などをすることは一切ないのです。
極めてプライベートな相手となら、もちろんすることはあります。
しかし、聞かれてもないのに、一般的な会話でこんな話をする人間に、私はついていこうと思いません。

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