バランス感覚のある中学校教師に近づく方法

「学校の常識は、世間の非常識」、「教師の世間知らず」という言葉があります。
なぜでしょうか?
「中学校教師の感覚」と「世間一般の感覚」が違うからです。
では、なぜ「感覚が違うようになってしまう」のでしょうか?
「中学校教師は、10の仕事のうち、9は生徒に対して指導をする仕事」だからです。
「指導する量」>>「指導される量」
なのです。
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だから、教師を数十年もやっていると、感覚が違ってくるのです。
髪を切りに行くと、理容師や美容師に、職業を当てられてしまいます。
外見も「教師の顔」になっていきます。

しかし、バランス感覚のある教師はこうなりません。
「Input」と「Output」のバランスが取れているからです。

図中の
Inputは、情報源
Outputは、情報を発信する媒体
です。

文字は、文字情報のことです。
例えば、
本、インターネット、雑誌、新聞、TVなどからの言語情報などを指します。

人は、自分を取り巻く人です。
例えば、
家族、友人、他の教師、保護者、生徒、自分の尊敬する人などを指します。

体験は、自分の体験です。
例えば、
クラス経営に関する体験、○○へ行く体験などを指します。

Inputの文字、Inputの人、Inputの体験、Outputの文字、Outputの人、Outputの体験

これらの6つのバランスがよくなければいけません。
また、それぞれの要素の内容も偏っていてはいけません。
(※体験については、別の次元に設定してもいいでしょう)

例えば、
「InputもOutputも体験中心」の教師はどうなるでしょうか。
「情報源が自分の体験」で、「発信する方向も自分の体験」ということです。
いわゆる「我流」の教師になります。
本を読んで情報を仕入れません。
人と話をすることもありません。
「自分が正しい」のです。
「学校の常識は、世間の非常識」代表教師です。

「Inputは文字中心、Outputは体験中心」の教師はどうなるでしょうか。
「研究をたくさんしているけど手術経験のほとんどない医師に、手術をしてもらうようなもの」
です。
怖くて仕方がありません。
このような教師にも自分の子どもを預けたくはありません。

「InputもOutputも人中心」の教師はどうなるでしょうか。
「仲良しグループ」ができあがるでしょう。
どのような仲良しグループになるかは、???です。
また、Inputが決まった教師だとやはり問題です。
その教師の方法=自分の方法になるのです。
たまたまその教師が素晴らしい教師であればまだいいですが、そうとは限りません。

バランス感覚のある教師は、
<Inputの文字>
本、インターネット、雑誌、新聞、TVなど多くの量を読んだり見たりします。
<Inputの人>
教師だけに限らず、多くの人と直接話をして情報を仕入れます。
<Inputの体験>
教師としてだけの体験ではなく、多趣味です。
学校内だけの教師だけではなく、全国区の教師から情報を仕入れます。
<Outputの文字>
多くの文字を書いて、それを本、ブログ、各種の通信などで発信します。
<Outputの人>
教師だけに限らず、多くの人と直接話をして情報を発信します。
<Outputの体験>
教師としてだけの体験ではなく、多趣味です。
人間的魅力を感じる中学校教師が習慣にしていることでも記事にしています。

それぞれの要素について、自分がどのような手段をもっているか書き出せば、自分自身の強み、弱みが分かります。
そして、この6つの要素を意識して仕事や私生活を送れば、バランス感覚のある教師に近づけます。

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